仙台高等裁判所 昭和46年(ツ)26号 判決 1974年12月25日
上告人
引地シメヨ
右訴訟代理人
二葉宏夫
外一名
被上告人
鳴海正道
主文
一 原判決を破棄する。
二 第一審判決を次のとおり変更する。
1 被上告人は上告人に対し、原判決添付別紙図面表示の(イ)、(ロ)の各点を結ぶ直線上に構築されたブロック塀(高さ二、〇三メートル、幅〇、一五メートル)のうち、(ハ)、(ニ)の各点を結ぶ直線上の部分についてはその全部、その余の部分については同添付別紙目録第一記載の土地上ブロック五段(約一メートル)をこえる部分を収去し、かつ、上告人が(ハ)、(ニ)の各点を結ぶ直線上を同目録第一記載の土地から同目録第二記載の土地へ通行することを妨害してはならない。
2 上告人のその余の請求を棄却する。
三 訴訟の総費用は、これを五分し、その一を上告人の、その余を被上告人の各負担とする。
理由
上告代理人二葉宏夫の上告理由について
被上告人はかつてその所有にかかる原判決添付別紙目録第一記載の土地(以下「本件土地」という。)上に存する建物(以下「本件建物」という。)を上告人に賃貸し、上告人はその東側居宅部分に居住し、これと隔壁で仕切られている西側店舗部分でバーの営業を続け、右居宅部分の北側玄関から本件土地の北側に隣接する被上告人所有の同目録第二記載の土地(以下「隣接土地」という。)を通行していたこと、被上告人は上告人に対し本件建物の明渡を求めて弘前簡易裁判所に調停を申立てたところ、昭和四三年五月二一日調停が成立し、上告人は本件土地建物を金三〇〇万円で買受けたこと、右調停成立に先立ち、被上告人は上告人に対し本件土地と隣接土地との境界を明確にするためその境界線に沿つて塀を構築することの承認及び隣接土地内にはみ出した本件建物の玄関の屋根間口一、八メートル、支柱二本の除去を求めたのに対し、上告人はとくに異議を述べず、本件土地建物の買受けにより事態の円満解決を強く希望し、調停成立後自ら右玄関口の西側半分を塞ぐなどの改造をしたこと、被上告人は同年七月一八日隣接土地の南側境界線(原判決添付別紙図面表示の(イ)、(ロ)の各点を結ぶ直線)上に、全長七、八三メートル、高さ約二、〇三メートル、幅〇、一五メートルのブロック塀を構築した結果、上告人の右玄関から隣接土地への通行が不可能となつたばかりでなく、右塀と本件建物の北壁との間隔は〇、一五メートルないし〇、一九メートルにすぎず、一階居宅部分北側の四畳半の出窓、店舗部分北側の窓は殆んど完全に採光や通風を遮ぎられて窓の用を果たさず、ことに右出窓はその引戸が右塀に密着して開閉が不能であること、以上の事実は原判決が適法に確定しているところである。
そして原審は、右認定事実のもとにおいて、まず第一に、上告人は被上告人において右塀を構築することを容認したものと認めるのが相当であり、また、上告人が右玄関から前記図面表示の(ハ)、(ニ)の各点を結ぶ直線上を経て隣接土地へ通行することが不可能となつたからといつて被上告人の隣接土地所有権行使の濫用にあたるということはできないと判示して、上告人の右通行権の存在及び権利濫用の主張をいずれも排斥し、第二に、右塀の種類、構造について特段の合意があつたことは認められず、本件土地と隣接土地との境界を明確にし、隣接土地の一画に自転車置場を設置する程度の目的を達するには、双方の利害得失を比較衡量すれば、堅固なものを作る必要があるとしてもその高さは少くとも本件土地上から一メートルをもつて足り、これをこえる部分を存置することは、上告人が本件土地建物を所有してこれを使用収益することに対する違法な侵害行為であると判示し、その限度で上告人の権利濫用の主張を肯認しているものである。
しかしながら、玄関は寺院や武家屋敷の正面入口から転じて普通の人家に設けられた表上り口のことであり、来客を迎え入れ接待するなど対外的な面においても、建物の構造、配置の面においてもきわめて重要な部分であるから、特段の事情のない限り、隣地所有者がその地上に建造物等を構築して建物所有者の玄関前を塞ぎ玄関の効用を全く失わしめるがごときことは、それ自体権利の濫用として許されず、隣地所有者は、玄関が実在する以上、建物所有者が玄関から道路へ出るため必要な限度で隣地を通行することを拒否できないものと解するのが相当である。本件において本件建物の西側店舗部分にはその北西隅に道路に面した出入口があり、東側居宅部分には南側に出入口があつて、本件土地内を通つて道路に至ることができ、これらによつて本件建物を居宅兼店舗として利用することが可能であるとしても、これらは店舗の出入口、居宅の裏出入口(勝手口)であつて玄関ではなく、玄関は別に実在しているのであり、調停成立に先立ち上告人において、本件建物の玄関の位置の移転を合意するとか、本件土地と隣接土地との境界線上に塀を構築することによつて玄関前が全く塞がれ、玄関からの出入りができなくなることを認識して、なおかつ、これに合意したとかの特段の事情が認められない以上、被上告人が右塀の構築によつて本件建物の玄関前を塞ぎ、玄関の効用を全く失わしめたのは権利の濫用であるというべく、また、上告人は本件建物を被上告人から賃借していた当時から引きつづいて本件建物の玄関から隣接土地を通行して道路へ出ていたものであり、右玄関は調停成立により上告人が本件土地、建物を買受けた後においてもその位置に変動がなく実在しており、しかも隣接土地はかつて黒石市大字横町二四番五公衆用道路の一部であつたが、右買受後の昭和四三年八月頃被上告人において分筆して地目を宅地に変更したたものである以上、被上告人は正当な理由なくして上告人に対し、玄関の存在を無視して右通行を拒否することはできず、上告人から進んで右通行について被上告人の承諾を得るまでもないものというべきである。しかして塀の構築が玄関の存在によつて制約されることは前判示のとおりであるから、被上告人が上告人に対し塀を構築することの承認を求め上告人が異議を述べなかつたとしても、このことからただちに上告人が通行する権利のないことまで認めたことにはならず、被上告人に通行を拒否する正当な理由があるということはできない。
したがつて原審の判断のうち、本件塀の高さは少くとも本件土地上から一メートルをもつて足り、これをこえる部分を存置することは違法な侵害行為であるとする部分は、前記図面表示の(ハ)、(ニ)の各点を結ぶ直線上にある塀を除いては、正当として是認することができる(ただし、ブロックを途中で切断することは困難であるから、ブロック五段、約一メートルとするのが相当である。)けれども、上告人が本件建物の玄関から右(ヘ)、(ニ)の各点を結ぶ直線上を経て隣接土地へ通行する権利がなく、右直線上にある塀の構築ブロック五段、約一メートルまでの塀の存置が被上告人の隣接土地所有権行使の濫用にあたらないとする部分は首肯することができず、原判決には法令の解釈を誤つた違法があるというべく、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。そして本件は原審の確定した事実に基づき当裁判所において裁判をするに熟するものと認められるところ、第一審判決は上告人の請求を全部認容しているので、これを変更すべく、本訴請求中被上告人に対し本件塀のうち前記図面表示の(ハ)、(ニ)の各点を結ぶ直線上の部分についてはその全部、その余の部分については本件土地上ブロック五段(約一メートル)をこえる部分の収去及び上告人が右(ハ)、(ニ)の各点を結ぶ直線上を本件土地から隣接土地へ通行することの妨害排除を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(佐藤幸太郎 田坂友男 佐々木泉)
<別紙>上告理由《省略》